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ご挨拶・設立の趣旨

ご 挨 拶

 

一般財団法人吉岡文庫育英会は、1966年(昭和41年)に『新建築』創刊者、吉岡保五郎によって設立されました。1925年(大正14年)に総合建築雑誌『新建築』を創刊した吉岡は76歳、喜寿の誕生日を迎えるにあたり、今後永く建築界の発展に貢献するため、財団法人の設立を計画しました。それが2年後、文部省(現文部科学省)によって設立が認可され、吉岡文庫育英会は財団法人として事業を開始しました。

当財団の主な事業は四つあります。第一に、建築を学ぶ有望な学生に奨学金を給付し、研究・勉学の助成をすること。1947年(昭和42年)に奨学金の助成を開始して以来、800名以上の奨学生がこの制度を利用して建築を学び、大きく羽ばたいて行きました。元奨学生には、現在世界的に活躍されている建築家も多数含まれ、このことは当財団の誇りとするところです。

第二には設立の主旨にもありますように、建築分野に対する授賞、『新建築賞』(旧『吉岡賞』)です。1987年(昭和62年)に第一回の授賞が行われ、以降毎年1組以上の新人建築家を表彰してきたこの賞は、新人建築家の登竜門として一定の評価をいただいているものと自負しています。

第三には既に50回以上の実績を有する、新建築講演会があります。これは国内外から第一線で活躍されている建築家をお招きし、広く一般の方へも含め、建築界の現在の潮流を知ってもらおうというもので、大変好評をいただいております。

そして第四には1965年(昭和40年)から開催されている新建築住宅設計競技です。「住宅」をテーマとして世界中から応募案を募るこのコンペには、毎回数百もの案が集まり、建築デザインコンペティションとしては歴史・規模ともに日本を代表するものとなっています。

以上の四つが事業の柱ですが、それ以外にも建築界の発展に寄与する活動は積極的に支援していく所存です。
いま設立の趣意書を読み返してみると、戦前に京都大学の村田治郎教授が吉岡に、ある著名な茶室の保存を呼びかけたことが当財団の設立のきっかけになったようです。未来へ向けた建築の発展を奨励する一方で、歴史ある貴重な建築の保護にもより一層力を入れていかねばなりません。

今後とも当財団の活動にご協力いただけますよう、謹んでお願い申し上げます。

平成21年10月

理事長 吉田信之

 


 

 

趣 意 書

 

昭和のはじめ頃、京都東山一帯を襲った台風の被害によって、ある著名な茶室が崩壊したとき、完全な図面がなく一時その復旧に困ったことがありました。(幸いにその図面は京都高等工芸学校、今の繊維大学に学生の実習制作に成るものが見つかり茶室の復原は出来ましたが)当時の京大教授村田治郎博士はこのことに関して「少なくとも近畿地方に於ける重要建造物の実測図面を保存することは、京大に籍をおくわれわれの責務であらねばならぬ、遺憾ながら今まで経費、人、時間などの点で思うようにならなかったが、今度の事態を省みても是非遂行しなければならぬ仕事である」といわれました。それが契機となって私の主宰する新建築社の副次的事業としてお手伝いすることになり、10年または20年、出来得ればさらに長期にわたって実測を続け、伝統を誇るわが国幾多の重要建造物の図面完成を企画し、村田博士指導のもとに、第一着手として裏千家の茶室今日庵から始めることにしました。ここは京大から距離も近く茶室の使われていない時を見て何回にも実測するという、極めて好条件なるものであったのですが、第二次大戦の拡大につれて技術者の徴用、学徒の動員という事態のためについに中止の余儀なきに至りました。
それから大分後になって東京芸術大学建築科の吉村順三先生等の間で、これと同じ事業が企画され、昭和35年来、高松栗林公園指月亭、奈良二月堂、同東大寺転害門など幾つかの建物が実測されてきましたが、何分新建築社の寄付行為による事業なので資金の点で規模が小さく、従ってその成果も多くを期待することは出来ません。この事業を続け、またその完璧を期するためには是非適当な機関を必要とします。これが吉岡文庫を設立する一つの主因でもあるのです。
ここで私のことを申述べることは恐縮ですが、今年の2月15日は私の76回目の誕生日で世俗にいう喜寿の年を迎えることになります。それでささやかな私の生涯の道標として少し許りの資産を整理して、財団法人吉岡文庫を設立することになりました。
その事業の目的として次のようなことを達成したいと考えております。
(1)以上述べました日本における重要建造物の実測図を作製保存すること。
(2)建築ならびにこれに関連する美術工芸、芸能の分野におきまして、有意義な研究、業績に対する奨励助成をはかるため、適当な授賞の制度を作ること。
(3)また上分野に関して調査研究を行ない、これに関する資料を収集整理し、適当な機会に出版、頒布すること。
この財団の財産として、当初は私所有の土地、建物、有価証券の一部ならびに私が昭和15年以来投資をつづけてきました植林資産の全部などを寄付させていただきますが、もとより所期の事業を発展させるためには充分なものではありませんので、やがて時期をみて私所有の他の資産をもって財団の内容をさらに充実したいと思っております。なお、私は数年前より東京芸術大学建築科に年々僅かではありますが図書費を寄付させていただいてきましたが、これが「吉岡文庫」と称されていました。これも財団の事業の一つとして引き続けたいと考えておりますが、芸大のご諒承をいただいて、この「吉岡文庫」の名をとってこの財団の名称とすることをお恕しねがいたいと存じます。
以上のような所期の目的を達成するためには、とうてい私の微力だけでは十分な効果をあげることはできませんので、微意をお汲みとりの上この法人設立趣旨に賛同され、何分ご協力を下さるようお願いいたします。

昭和39年1月7日
発起人総代吉岡保五郎